家族信託の事務 2 – 受託者の事務 –

前稿でみたとおり、受託者は信託法上の義務として分別管理義務や帳簿等の作成・報告・保存の義務を負います。このほかに、税法により負うことになる義務もあります。本稿では、信託法上の事務として、受託者が信託財産の引渡し等を受けて分別管理を開始するまでの流れを概観し、帳簿等の作成・報告・保存と信託の終了に伴う清算手続を整理します。また、受託者が担うことになる税法上の事務についてもふれておきます。

 

信託法上の事務

分別管理

信託行為の大多数とみられる信託契約はその締結により成立し(信託法4(1))1)、信託財産は委託者から受託者に移転します(信託法3①参照)2)27)3)。受託者は信託財産それぞれに応じて登記申請や引渡を受けるなどの措置をしなければなりません(信託法13参照)。受託者には「分別管理義務」がありますから、この措置は分別管理義務の履行という側面もあります。分別管理義務とは、受託者は信託財産と固有財産を分別して管理しなければならないというものです。信託財産である不動産は登記し(信託法34(1)①)、動産は固有財産と外形上区別できる状態で保管することになります(信託法34(2)②イ)。ただし、信託財産である金銭については「その計算を明らかにする方法」で管理すれば足り(信託法34(2)②ロ)、固有財産である金銭と物理的に分別して保管するところまでは義務づけられていないようです4)。とはいえ、信託財産である金銭の取扱金額が大きく、あるいは取扱頻度が多い場合には、受託者の善管注意義務に鑑みて、これを固有財産である金銭とは物理的に分別して適切な方法で保管しておくのが適当でしょう。

帳簿等の作成・報告・保存

受託者は「信託帳簿」(信託計算規則4(1))を作成しなければならず(信託法37(1))、この信託帳簿にもとづいて貸借対照表や損益計算書などの「財産状況開示資料」(信託計算規則4(3))5)を毎年一回、一定の時期に作成しなければなりません(信託法37(2))。受託者は財産状況開示資料の内容を受益者に報告しなければなりませんが(信託法37(3)本)、受益者に信託帳簿等の閲覧謄写権が認められていることから、この報告義務は任意規定とされています(信託法37(3)但)28)

財産状況開示資料(貸借対照表・損益計算書)の例6)

信託帳簿とは「信託事務に関する計算並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を明らかにする」帳簿をいい(信託法37(1))、これは他の目的で作成された書類をもって代えることができます(信託計算規則4(2))。信託の会計は一般に公正妥当と認められる会計の慣行に従うものとされていますが(信託法13)、他方で、信託帳簿の作成にあたっては信託行為の趣旨を斟酌するものとされ(信託計算規則4(6))、実務においては、明らかに不合理であると認められる場合を除き、信託行為の定めのほか「これまで定着している信託会計の慣行」にもとづくことも許容されるようです7)。受託者の会計慣行では、不動産の評価は時価でなく帳簿価額や固定資産税評価額などにより、費用収益の計上には現金主義を採用している、といわれています8)

信託帳簿の保存期間は原則として作成日から10年間です(信託法37(4)本)。また、財産状況開示資料の保存期間は原則として信託の清算結了の日までの間です(信託法37(6)本)。

委託者・受益者は、信託事務の処理の状況等について受託者に報告を求めることができます(信託法36)。また、受益者は信託帳簿の閲覧謄写を受託者に請求でき(信託法38(1))、利害関係人は財産状況開示資料の閲覧謄写を受託者に請求できます(信託法38(6))。

なお、限定責任信託29)においては、上記にかかわらず、より厳格で会社会計に類似する「会計帳簿」(信託法222(2))「貸借対照表、損益計算及び信託概況報告並びに附属明細書」(信託計算規則12(2))に関する規定が適用されます(信託法222 信託計算規則6-23)。

清算手続

信託は信託目的の達成(例えば学費支給を目的とする信託で受益者が学業を終えたとき)や信託行為で定めた事由の発生(例えば存続期間の満了)等により終了します(信託法163)。また、委託者と受益者の合意によっても終了します(信託法164①)。この合意による終了は委託者が現存しなければありません(信託法164④)。信託法は委託者の地位の相続性を肯定しており9)、委託者が死亡した後はその相続人が受益者と信託の終了を合意する地位に立ちます。ただし、遺言信託においては、委託者の相続人は委託者の地位を相続により承継しないとされているため(信託法147)、合意により信託を終了させる途はありません。また「委託者の死亡により委託者の権利は消滅する」10)と信託契約で定めた場合も同様です11)。受託者は受益者になることができますが(信託法8)、受託者が単独の受益者となって1年が経過した場合には信託は終了します(信託法163②)12)

信託が終了したときは清算をすることになり(信託法175)、この清算が結了するまでは信託はなお存続するものとみなされます(信託法176)13)。清算手続の担い手は「信託が終了した時以後」の受託者(清算受託者)です(信託法177柱)14)。清算受託者の職務は会社清算人(会社法481ほか)と概ね同様であり15)、その内容は、①現務の結了、②信託財産に属する債権の取立ておよび信託債権16)に係る債務の弁済、③受益債権17)に係る債務の弁済、④残余財産の給付18)、です(信託法177各号)。受益債権は信託債権に劣後するので(信託法101)、信託債権に係る債務の弁済は受益債権に係る債務に「優先」しなければならず19)、残余財産の給付は原則としてこれらの弁済をした後でなければすることができません(信託法181)。

残余財産の給付先は、通例では「残余財産受益者」20)または「帰属権利者」21)として信託行為で指定されている者です(信託法182(1))22)30)。その方法は、信託行為の定めに従って、現状有姿で引渡し、あるいは信託財産を売却して金銭を交付する等です。23)31)24)

残余財産の給付が終了したときは、清算受益者は、遅滞なく、信託事務に関する最終の計算を行い、すべての残余財産受益者等にその承認を求めることになります(信託法184(1))。残余財産受益者等が計算を承認した場合には、清算受託者の残余財産受益者等に対する責任は免除されたものとみなされ(信託法184(2)) 25)、清算受託者の事務は完了します。

税法上の事務

調書・計算書の提出

受託者は、①信託の効力が生じた場合、②受益者等が変更された場合、③信託が終了した場合、④信託に関する権利の内容に変更があった場合には「信託に関する受益者別調書(合計表)」を当該事由が生じた翌月末日までに受託者住所地の所轄税務署長に提出しなければなりません(相続税法59(3)本)。ただし、受益者別信託財産の相続税評価額が50万円以下である場合(相続税法59(3)但 相続税法施行規則30(7)①)、信託の効力発生時に委託者と受益者等が同一である場合(相続税法59(3)但 相続税法施行規則30(7)⑤イ(4))には、その提出を要しません。

信託会社である受託者は毎事業年度終了後1月以内に、それ以外の受託者は毎年1月31日までに「信託の計算書(合計表)」を受託者住所地の所轄税務署長に提出しなければなりません(所得税法227 所得税法施行規則96(1)))。ただし、信託財産に帰せられる収益の額が3万円以下である場合には、その提出を要しません(所得税法施行規則96(2))。

 

受益者の申告納税に関する資料の提供

受託者が担う税法上の事務は多くありません。法人課税信託26)に該当する場合を除き、上記で紹介した「信託に関する受益者別調書(合計表)」と「信託の計算書(合計表)」の提出だけです。家族信託は大多数が受託者等課税信託(所得税法13(1)本ほか)に該当するとみられます。受益者等課税信託のもとでは、賃貸用不動産の管理が信託の目的であれば、賃料収入や必要経費のそれぞれが受益者に帰属するものと擬制され(所得税基本通達13-3ほか)、受益者が賃貸用不動産から生じた所得について所得税の申告納税義務を負うことになります。しかし、賃料収入や必要経費に関する資料は受益者の手許にはありません。これらの資料を保有しているのは賃貸不動産の管理者である受託者です。また、居住用不動産であっても、委託者以外の者が無償で受益者となったとき、受益者は信託受益権を遺贈・贈与により取得したものと擬制され(相続税法9の2(1)(2))、受益者が相続税・贈与税の申告納税義務を負うことになります。ここにいう信託受益権の内容は「信託財産に属する資産及び負債」です(相続税法9の2(6))。しかし、信託財産に属する資産及び負債に関する資料は受益者の手許にはありません。これらの資料を保有しているのは居住用不動産の管理者である受託者です。それ故に、受託者から関係資料の提供を受けないかぎり、受益者は申告納税義務を適正に実現することは難しいでしょう。受託者には、信託税制を理解して、受益者における申告納税の基礎となる資料を作成し、これを受益者に提供することが期待されています。 

References

1 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 41頁(注)は、信託契約は諾成契約であるという。
2 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 42頁は「信託に効力発生時期とは別に、委託者から受託者に対する信託財産の権利移転時期については、物権変動一般と同様に、解釈に委ねることとしている」という。その解釈については議論がある(能見善久ほか「信託法セミナー1」18頁以下)
3 資産課税の場面では、他益信託の受益者は「信託の効力が生じた時」に委託者から信託受益権を贈与により取得したと擬制して課税されている(相続税法9の2(1))。
4 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 138頁
5 財産状況開示資料の内容について、寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 147頁は「具体的にどのような書類の作成が必要となるかは、信託の類型によって異なるものと考えられ、例えば、資産の運用を目的とする信託においては、単に一定の時点における財産の内訳を示すのでは足りず、いわゆる貸借対照表や損益計算書を作成して受益者等に開示するのが望ましいと考えられるのに対し、物の管理を目的とするにすぎない信託においては、財産目録に相当する書類が作成されれば足りると考えられる」という。
6 渋谷陽一郎「民事信託のための信託監督人の実務」日本加除出版 363頁
7 企業会計基準委員会「信託の会計処理に関する実務上の取り扱い」実務対応報告23号 14頁
8 平川忠雄ほか「民事信託実務ハンドブック」日本法令 295頁 / 三菱UFJ信託銀行ほか「信託の法務と実務 6訂版」金融財政事情研究会 237頁によると「わが国の信託業務は、その創生期より合同運用金銭信託を中心に発展してきたため、合同運用団に最もふさわしいルールとして慣行的な会計処理の基礎が築かれ、その後の新しい信託商品にも適用されながら定着してきた。… 合同運用団を中心として受託者会計に使われている信託会計慣行は、次のような特徴を有するものである。… 金銭以外のモノを受託するときは、その時価によらず、受託者の帳簿価額・額面金額・固定資産税評価額等のなんらかの客観的価額を用いる。… 収入および支出は、最終的な信託元本と利益の交付額が算出できるよう、基本的には厳格な保守主義を用いる。すなわち、未収収益・未払費用を計上しない現金主義を採用する一方、前受収益は信託終了時に受益者に配当されないことから控除する、というような処理を行う。… このような配当可能額算出の見地から保守主義をベースとする信託慣行会計は、集団信託により合同運用団には適した会計処理であるといえるが、個別信託については必ずしも受益者の満足が得られないこともある。… 信託の仕組みが多様化していくなか、受託者会計も多様化している」という。
9 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 335頁
10 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 336頁(注3)
11 遠藤英嗣「家族信託契約」日本加除出版 277頁は「民事信託においては『本信託の委託者の地位は相続により承継しない』とすべきである」という。
12 これによる信託の終了を回避する方法として、寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 362頁(注1)は、受託者の交代や受益権の一部譲渡をあげる。
13 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 375頁は、この信託の存続を擬制する規定のため信託の終了により受託者の職務が信託事務の処理から清算手続に変化するものの信託当事者の権利義務に関する信託行為の定めは効力を有し続ける、という。
14 信託受託者には信託の清算のために必要な一切の行為をする権限が認められている(信託法178)。
15 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 376頁
16 信託債権とは「信託財産責任負担債務に係る債権であって受益債権でないもの 」をいう(信託法21(2)②)。
17 受益債権とは「信託行為にもとづいて受託者が受益者に対し負う債務であって信託財産に属する財産の引渡しその他の信託財産 に係る給付をすべきものに係る債権」をいう(信託法2(7))。
18 一般社団法人等の清算においては「残余財産の引渡し」と表現されている(一般社団法人法212③)。遠藤英嗣「新訂 新しい家族信託」日本加除出版 319頁によれば「残余財産の給付」という表現は、現状有姿での引渡しだけでなく他の処理によることを含めた表現であるという。
19 信託債権に係る債務の弁済は受益債権に係る債務に「先行」しなければならないわけではない(寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 376頁)。
20 残余財産受益者とは「残余財産の給付を内容とする受益債権に係る受益者」をいう(信託法182(1)①)。
21 帰属権利者とは「残余財産の帰属すべき者」をいう(信託法182(1)②)。
22 残余財産受益者と帰属権利者の差異について、残余財産受益者は信託終了前から受益者であるのに対し、帰属権利者は信託の清算中のみ受益者とみなされる(信託法183(6))という違いがあるものの、いずれも信託行為で指定された者であって、両者の相違は信託行為における残余財産帰属先の定め方にすぎないようです(参照 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 381頁)。
23 残余財産の移転時期について、寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 380頁は「信託法には規定がなく解釈に委ねられている」という。/ その移転時期に関する議論については、能見善久ほか「信託法セミナー4」有斐閣 114頁以下にみられる。
24 裁判例には、信託契約の解除による信託財産である著作権の残余財産受益者等への移転時期について「信託終了により直ちに移転すると解するのが相当」としたものがある(知財高平24.2.14 新井誠ほか「判例法 実務判例研究」有斐閣 400頁)
25 残余財産受益者等が清算受託者から計算の承認を求められた時から1月以内に異議を述べなかった場合には、残余財産受益者等は計算を承認したものとみなされる(信託184(3))。
26 法人課税信託の例として「受益権を表示する証券を発行する旨の定めのある信託」(法人税法2条29号の2イ)や「受益者等の存しない信託」(法人税法2条29号の2ロ)がある。法人課税信託に該当する場合には、受託者が法人税の申告納税義務を負うことになる(法人税法4の6ほか)。
27 登記実務では、信託成立により信託不動産が委託者から受託者に移転した場合の登記申請書について、登記原因は「信託」とし「原因の日付は信託の効力の発生した日付である信託契約の締結年月日を記載する」という(信託登記実務研究会「第三版 信託登記の実務」日本加除出版 162頁注(2))。
28 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 147頁
29 限定責任信託とは「受託者が当該信託のすべての信託財産責任負担債務につい信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う信託」をいう(信託法2(12))。限定責任信託においては、信託財産責任負担債務(信託法21(1))については、その債権者は受託者の固有財産に対して強制執行をすることができない(信託法217(1))。
30 残余財産受益者等がない場合の残余財産の帰属先は、①委託者またはその相続人、②清算受託者の順となる(信託法182(2)(3))。
31 登記実務では、信託終了により信託不動産が受託者から残余財産受益者等に移転した場合の登記申請について「登記原因及びその日付として信託財産引継の旨及び引き継がれた年月日を記載する」という(信託登記実務研究会「第三版 信託登記の実務」日本加除出版 390頁注(2))。