家族信託の事務 1 – 家族信託の活用例と留意点 –
家族信託とは民事信託(信託銀行や信託会社などの営業者が受託者となる商事信託でない信託)のうち委託者の家族が受託者となるものをいいます。投資信託を除けば、信託は一般人には馴染みの薄い制度です。家族信託は、設計の仕方によっては成年後見や遺言では対処できない部分を補いつつその代用として機能するため、近年注目されているようです1)。本稿では家族信託の活用例と留意点を整理します。
活用例
成年後見の代用
不動産の所有者が高齢となり認知症が顕著となって現れたとき、所有者自身が不動産を処分し、大規模な修繕改装をするための借入に伴う抵当権を不動産に設定するなどは難しくなります。成年後見を利用すれば、家族が後見人となって所有者を代理してこれらの行為をすることはできますが、そのために裁判所の承認を得ることがことが事実上必要となるようです2)。居住用不動産の処分にあっては裁判所の許可が必要です(民法859の3)。後見人は裁判所に定期的な報告をすることになるのが通例です。また、成年後見では「本人のため」の制度であることが運用上徹底され「家族のため」の利用は制限されるといわれています3)。例えば、相続税対策として資産の保有形態を変えること(ex.現預金→不動産)、家族のために資金を供与すること(扶養義務の履行は除かれます)は難しいようです4)。
家族信託を利用すれば、家族が受託者となることで、信託行為で定められた範囲内で家族が所有者として不動産を処分し、大規模な修繕改装をするための借入に伴う抵当権を不動産に設定するなどできます。家族は受託者として重い責任を負いますが、裁判所の許可や事実上の承認が必要となることはなく、裁判所から報告を求められることもありません。
遺言の代用
不動産の所有者は遺言を利用して自身の死後における不動産の取得者を指定することができます。遺言で所有者が指定できるのは自身の死の直後における取得者(以下「一次取得者」といいます)だけであり、その取得者の死後における取得者(以下「二次取得者」といいます)は指定できません。遺言書に二次取得者を記載しても、一次取得者はこれに拘束されることなく不動産を処分できます。処分制限付所有権という新たな物権の創造は無効だからです。家族信託を利用すれば、所有者が一次取得者を指定できるのはもちろん、二次取得者も指定できます(後継ぎ遺贈型の受益者連続信託 / 信託法91)。ただし、家族信託では上記の各取得者が取得する権利は受益権であって、所有権は受託者に移ります。不動産の所有者は受益権の処分を制限することもできます。各取得者が取得するのが所有権でなく信託行為によって造られた権利だからです。
不動産の所有者が遺言を利用するとき、遺言で与えることのできる権利は所有権であって、所有者が所有権を使用収益権と売却代金受領権に分けてそれぞれを別人に与えることはできません。これも新たな物権の創造にあたり無効だからです。家族信託を利用すれば、所有者は受益権を使用収益権(収益受益権)と売却代金受領権(元本受益権)に分けてそれぞれを別人に与えることができます。例えば、父に後妻と先妻との間の実子があるとき、父は後妻に居住用不動産の収益受益権を与えてその死後においてもそこに住まわせ、実子にその処分受益権を与えて後妻亡き後に売却代金を受領させることができます。ただし、負担付遺贈と受益者連続信託の相続税を比較した場合、ケースによっては受益者連続信託のほうが負担が重くなるという指摘もありますから注意が必要です5)。
留意点
前例が少ない
現在の信託法は平成18年12月に改正(平成19年9月に施行)されたものです。先に紹介した後継ぎ遺贈型の受益者連続信託はこの改正で創設されました。
この受益者連続信託について、信託法は「受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む)のある信託」と規定しており(信託法91)、この規定の仕方によれば、二次取得者は受益権を一次取得者から一次取得者の死亡を原因として承継取得するのではなく信託を原因として原始取得するとみられます6)。これに類似するものに生命保険金があります。これも契約者に帰属していた権利が契約者から受取人に承継的に移転するのではなく、受取人は保険契約にもとづく当然の効果として保険者に対する生命保険金(請求権)を取得するといわれています7)。生命保険金については多数の裁判例があり、生命保険金は、① 相続財産を構成せず8)、② 特別受益の持戻し(民法903)の対象となる遺贈や贈与に係る財産にあたらないが一定の場合には特別受益の持戻しの対象になる9)、とされています。他方、受益者連続信託の受益権については、このような裁判例はまだみあたりません。
受益者連続信託の受益権についても生命保険金との類似性から生命保険金におけると同様の法的結論が導かれる26)かもしれませんが、裁判例がないので確定的なことは判らないというのが実情です。このような意味において、新しく創設された制度が多い現行の信託制度は不確実性を内包しているといえるでしょう。家族信託を利用するにあたっては、この不確実性というリスクの存在に注意を払う必要がありそうです。
長期にわたって当事者が拘束される
信託は法定終了事由(信託法163①-⑧)のほか、信託行為で定めた事由(信託法163⑨)が生じると終了します。また、別段の定めがなければ委託者と受益者の合意(注意:信託変更は3者の合意)によっても終了します(信託法164)。信託に存続期間の制約はありません。ただし、受益者連続信託については「信託がされた時から30年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまで」と規定されています(信託法91)。例えば、信託設定から30年経過時に、その時の受益者Aに次ぐ受益者Bが現存すれば、その受益者連続信託は受益者Bが死亡するまで存続します。もし受益者Bがその後50年生存すれば受益者連続信託は80年存在することになります。後継ぎ遺贈型の受益者連続信託では何世代か先を見越してこれを利用することになるのが通例です。
信託の設定に際しては様々な事態を想定して内容を設計することになりますが、遠い将来の事態を網羅的に想定することは難しいでしょう。そのために、信託を設定した後、これを変更する必要に迫られることもありえます。信託の内容を変更するには、信託行為に別段の定めがある場合はその定めに従うことになりますが(信託法149(4))、その定めがない場合は原則として委託者、受託者、受益者の合意(注意:信託終了は2者の合意)によります(信託法149(1))。
受託者は重い責任を負う
第三者に直接の責任を負う
委託者がその財産を受託者に処分することは信託において本質的といわれています(信託法3参照)。不動産信託では信託行為によって不動産の所有権が委託者から受託者に移転し、受託者が不動産の所有者となります。
建物所有者には工作物責任があります。 民法では故意過失がなければ第三者に責任を負わないのが原則(民法709参照)ですが、建物の「設置又は保存に瑕疵」があれば、故意過失がなくても、その所有者は損害賠償責任を負わなければなりません(民法717(1))。この設置又は保存の瑕疵とは「通常有すべき安全性を欠いていること」をいいます10)11)。建物にこのような瑕疵があり、これが原因で建物が倒壊して通行人が死傷した場合、建物所有者である受託者は、通行人から損害賠償を請求されるでしょう。このような事例では賠償が巨額となるおそれがありますから、受託者は賠償責任保険の加入を怠ることはできません。
信託財産が賃貸不動産であれば信託行為によって賃貸人の地位も移転し、以後は受託者が賃貸人となり(借地借家法31(1) 大判大10.05.30民録27輯1013頁)、受託者には賃借人に対する賃貸人としての契約責任が生じます。賃貸借契約は「物の使用収益を相手方にさせる」という契約ですから(民法601)、賃貸人にはそのために「必要な修繕」をする義務があり(民法606(1))、賃借人が必要費・有益費を支出すれば賃貸人はこれを償還しなければなりません(民法608)。これらの義務を受託者は賃貸借契約の当事者として賃借人に対して直接負うことになります。また、前の所有者・賃貸人である委託者が賃借人から敷金を収受していた場合、賃借人の退去に伴って敷金返還する義務を負うのは、現在の所有者・賃貸人である受託者です12)。受託者の立場からいえば、賃貸不動産の信託においては、あらかじめ敷金相当額の金銭も信託財産として受け入れておくのが適当といえるでしょう27)。
信託事務の処理に善管注意義務を負う
信託当事者のなかで信託事務を処理する人物が受託者です。信託事務とは「信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為」をいいます(信託法2⑤)。この信託事務を受託者は「信託の本旨」に従って処理しなければなりません(信託法29(1))。この信託の本旨とは「信託行為の定めの背後にある委託者の意図」をいうようです13)。裁判例では、信託の本旨に反する場合、それが委託者の命令指示であっても、受託者は信託の本旨に従って処理しなければならない、とされています14)。この裁判所の判断は委託者の意思の具体化である信託目的を重要視しており、信託制度の原則(意思凍結機能)を徹底した裁判例であるといえるでしょう。委託者の命令指示が信託の本旨に反していれば、これに従った受託者に責任が生じるというのですから、受託者が委託者から命令指示を受けたときは注意が必要です。
受託者が信託事務を処理するにあたっては「善良な管理者の注意」をもってしなければなりません(信託法29(2)本)。受託者の「善良な管理者の注意」は委任契約における受任者の「善良な管理者の注意」(民法644)等と同義とされ(以下「善管注意義務」といいます)28)、無償寄託における受寄者の「自己の財産に対するのと同一の注意」(民法659)等と対比において「注意義務の程度」を指し示したものといわれています15)。この善管注意義務は、特約で軽減することはできますが(信託法29(2)但)16)、信託報酬が低廉であっても免れることはできません17)。
善管注意義務は、受託者が属する社会的・経済的地位や職業等を考慮したうえで、その類型に属する者に対して一般的・客観的に要求される注意能力を基準として判断するものとされています29)。どの程度の注意を尽くせば善管注意義務を充足するのか、信託の本旨は個々の事例によって相違しますから、一概にはいえないようです18)。信託に関する事件ではありませんが、使用貸借の目的物の保管についての借主の善管注意義務が争点となった裁判例があります19)。この事件は、自動車を整備に出した顧客が自動車店から代車の提供を受けていたところ顧客自宅の駐車場に置いていた代車が盗難にあい代車は返還不能になった、というものです。代車の借主である顧客は代車の保管について善管注意義務を負っていますから(民法400)、代車を失った自動車店は代車返還債務の履行不能に顧客の帰責事由があるとして顧客に損害賠償を求めて訴えました。一審では顧客は善管注意義務を尽くしていたと認められましたが、控訴審ではこれが認めませんでした。控訴審は、顧客が盗難防止措置(シートを被せて代車の価値をわかり難くすることや駐車場の出入口に移動柵やチェーン等の障害物を設置すること)を講じていなかったことをもって、善管注意義務が尽くされていないと判断したようです。一審が認定した程度の措置をもって善管注意義務が尽くされたとみるには疑問の余地がありそうですが(一審認定の措置は「自己の自動車に対するのと同一」程度ではないか?)、控訴審のいうように顧客は盗難防止措置まで講じなければならないものとすれば、善管注意義務というのはたいへん重い義務であると考えておかなければなりません30)。
また、受託者には「受託者が信託事務の処理を行うにあたり、受託者自身の利益や第三者の利益ではなく、受益者の利益を最大限図らなくてはならない」31)という忠実義務(信託法30)があり32)、このために受託者は利益相反行為(自己取引 信託法31(1)① / 信託財産間取引 信託法31(1)② / 第三者代理 信託法31(1)③ / 間接取引 信託法31(1)④)が制限されています。
受託者の任務懈怠(善管注意義務の違反はこれにあたる)により信託財産に損失が生じた場合、受託者にはその損失を填補する責任が生じます(信託法40(1))。受託者が利益相反行為の禁止規定に違反した場合には、受託者・利害関係人が得た利益の額と同額の損失を信託財産に生じさせたものと推定されます(信託法40(3))。
このほか、信託関係を規律する受託者の義務として、受託者には公平義務(信託法33)、分別管理義務(信託法34)、報告義務(信託法36)、帳簿等の作成・報告・保存義務(信託法37)もあります。
費用償還に限度がある
受託者が信託を遂行するうえで負担した債務は、受託者自身が名義人となるのが通例です。この債務は「信託財産責任負担債務」にあたり(信託法21(1)⑤)20)、その弁済原資として信託財産が引き当てられます(信託法2⑨)。しかし、信託財産から支払うことができなければ、受託者は債務者としてその固有財産から支払わなければならない立場にあります33)。例えば、受託者が信託財産のために借入をした場合、受託者と債権者の間で責任財産限定特約21)が締結されない限り(信託法21(2)④)、債権者は信託財産だけでなく受託者の固有財産にも強制執行することが可能とされています22)。受託者からみれば、信託債務を固有財産から支払わなければならない事態もありうるのですから、信託財産から支払うことができるかどうかは重大な問題といえるでしょう。
受託者が固有財産から支払った費用は、信託財産から償還を受けることができます(信託法48(1))。では、信託財産が費用償還に不足する場合はどうなるか。旧信託法は受益者に対する受託者の費用補償請求権を認めていましたが(旧信託法36(2))23)、現行の信託法は受託者と受益者との間で個別の合意がある場合に限ると規定しています(信託法48(5)後)24)。このような合意(費用補償契約)がなければどうなるか。現行の信託法は、①受託者が受益者に「信託財産が不足しているため費用等の償還を受けることができない旨」等を通知し、②相当の期間内に受益者から償還を受けなかった場合には信託を終了させる、という途を用意しています(信託法52(1))。実務的見地からいえば、多額の費用が見込まれる場合には、受託者は事前に受益者との間で上記の合意(費用補償契約)を得ておくのがよさそうです25)。
References
↑1 | 遠藤英嗣「新訂 新しい家族信託」日本加除出版 はしがきⅶ |
↑2 | 民法863(2)は「家庭裁判所は…職権で、被後見人の財産の管理その他後見の事務について必要な処分を命ずることができる」と定めている。 |
↑3 | 遠藤英嗣「家族信託契約」日本加除出版 4頁 |
↑4 | 片岡武ほか「家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務」日本加除出版 64頁-68頁によると、家族への祝金の支払いは「適切でない支出」にあたり、家族への融資は「許されないのが大原則」という。 |
↑5 | 平川忠雄ほか「民事信託実務ハンドブック」日本法令 542頁は、①先妻との子を元本受益者とし、委託者を第一次収益受益者、後妻を第二次収益受益者、先妻との子を第三次収益受益者とする受益者連続信託と、②先妻との子に対して後妻に収益を与える負担を課した先妻との子に対する負担付遺贈の相続税を比較すれば、①>②になるという |
↑6 | 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 260頁 |
↑7 | 大森忠夫「保険法 補訂版」有斐閣 275頁ほか |
↑8 | 大判大11.2.7 民集1巻1号19頁、最判昭40.2.22 民集19巻1号1頁など |
↑9 | 最決平成16.10.29 判例時報1884号41頁 / この裁判例では特別受益の持戻しの対象になるのは「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合」という。 |
↑10 | 潮見佳男「不法行為Ⅱ第2版」信山社 248頁は、これ(客観説)が通説であるという。 |
↑11 | 道路設置者の営造物責任に関する事件で、最高裁は「国家賠償法二条一項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをい」うとする(最判昭45.8.20 民集24巻9号1268頁)。 |
↑12 | 賃貸不動産の譲渡に伴う敷金返還債務の移転について、最高裁は「自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継される」(最判平11.3.25 集民192号607頁)と明言しています。 |
↑13 | 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 112頁 |
↑14 | 大判S9.5.29 法律論集23巻下400頁 / なお、委任においても学説は判旨と同様に説く。いわく「委任の本旨に従い」とは「債務の本旨に従い」(民法415(1))と同義であって委任契約の目的に適するように事務を処理することである。…委任者の委託事項を形式的に処理せず自由裁量をもって委任者の信頼に応えるべきことを強調するためである。したがって、たとえば、事務処理の方法については、委任者が指図すれば原則としてこれに従うべきではあるが、この指図が不当であるときには、これを委任者に対して注意するべきであり、事情の変化によって、その方法が委任者に不利になった場合には、その指図に拘束されずに委任者に指図の変更を求め、または臨機に処置を採るべきである。このことを商法505条は…と規定しているが、規定のない民法においても、必ずしも別異の結果を生じるものではない(我妻栄ほか「コンメンタール契約法 新版」日本評論社 644頁)。 |
↑15 | 梅謙次郎「民法要義巻之三 債権編」有斐閣 729頁は「本条(民法644)ハ受任者ノ義務ノ原則ヲ定メタルモノニシテ併セテ其為スヘキ注意ノ程度ヲ定タルモノナリ」という。 |
↑16 | 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 113頁(注3)は「受託者の善管注意義務を完全に免除することは信託の本質に反し許されない」という。 |
↑17 | 大判大10.4.23 民録27輯757頁 / なお、信託は無償を原則とする(信託法54(1)は商業信託の場合と信託行為に定めがある場合にかぎり信託報酬を認めている)。委任も同様(民法648)。もっとも、委任において裁判所は「弁護士報酬につき特段の定めがなくても … 諸般の状況を斟酌して相当な報酬を算定すべきである」(最判昭37.2.1 民集16巻2号157頁)として、一定の場合には明示がなくても黙示の合意による報酬請求権を認めている。 |
↑18 | 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 114頁(注6)によれば、信託法改正の過程で、善管注意義務に関する個別的・具体的規定を設けるべきか問題となったが現行規定にとどめることが相当であるとの結論に至った、という。 |
↑19 | 一審判決【被告(顧客)勝訴】 本件自動車は、柵はないものの被告の自宅の敷地内であり自宅前の駐車場に駐車しておいたこと、被告は、本件自動車の窓を閉め、サイドブレーキを引き、鍵をかけていたこと、マスターキーとスペアーキーともに被告が現在も保管していること、当時被告宅付近で盗難被害が発生しているといった事情もないことが認められ、これらの事情に照らすと、被告は、本件自動車の保管について善良な管理者の注意義務をもって管理していたものと認められ、被告に責に帰すべき事由は認められない(東京地判平15.10.6 West Law Japan 文献番号03WLJPCA10060008)。 控訴審判決【控訴人(自動車店)勝訴】 被控訴人は、本件自動車を公道からの出入りにあたって障害となる塀、柵、扉等のない本件駐車場に駐車するにあたり、屋根が設置されている部分に駐車し、サイドブレーキを掛け、キーシリンダーからキーを抜き、窓を閉め、ドアをロックしていたものの、本件自動車にシートをかけることはせず、また、本件駐車場が面する公道からの出入口部分に人や車の出入りを妨げる移動柵、チェーン等の障害物を置くこともなかったのであり、上記認定の措置のほかに何らかの盗難防止措置をとったことの主張立証はない。… そして、本件駐車場が公道に面しており、その公道は50m弱で主要地方道に通じていること、被控訴人は、本件自動車が上記公道に出るための障害物も特に置かず、家人に気付かれずにエンジンを掛けることができれば、後は容易に盗取することができる状態に本件自動車を置いたといえること、本件自動車には最新のナビゲーションシステム、カーステレオ、アルミホイール等が装着され、相当のチューンナップ作業も施されていたのであるから、日中ある程度近くで見れば一見して相当の価値があると認識し得るものであったと認められるところ、被控訴人は、本件自動車にシートをかけることもなく丸4日以上も本件駐車場にこれを駐車していたことなど上記認定の事実を総合すれば、被控訴人は、上記善良な管理者の注意義務を尽くさずに本件自動車を保管しており、 この義務違反と本件自動車の盗難との間には相当因果関係がある(東京高判平16.3.25 判例時報1862号158頁)。 |
↑20 | 信託財産責任負担債務の一つである「信託財産のためにした行為であって受託者の権限に属するものによって生じた権利」(信託法21(1)⑤)とは、例えば、信託建物を修繕するための借入れに係る貸金債権が該当するところ、ここにいう「行為」は「その行為により生じる経済的な利益・不利益を信託財産に帰属させようとする受託者の主観的意思があるものであることを要する」という(寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 85頁)。 |
↑21 | 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 88頁 |
↑22 | 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 83頁は、信託財産と受託者の固有財産がともに責任財産になると表現する。 |
↑23 | もっとも、信託銀行実務家によれば、旧信託法下でも「信託契約とは別立てで、受益者との間で、損失補償契約を締結していたこともあ」るという(能見善久ほか「信託法セミナー 2 受託者」有斐閣 357頁)。 |
↑24 | 信託契約でも受益者に費用補償を強いる定めはできない |
↑25 | 能見善久ほか「信託法セミナー 2 受託者」有斐閣 360頁 |
↑26 | 寺本昌宏「逐条解説 新しい信託法 補訂版」商事法務 259頁は「後継ぎ遺贈型の受益権連続信託においても遺留分制度を潜脱することができないことは当然」として受益権連続信託は創設されたという。 |
↑27 | 渋谷陽一郎「民事信託のための信託監督人の実務」日本加除出版 257頁は、敷金相当額を受け入れ積み立てておくことのほか、「受託者に敷金返還債務が当然承継されるとも考えられる。しかしながら、現行法上、事後の紛争予防と賃借人保護のために、民事信託の設定を行う際には、賃貸人の移転に伴い、敷金関係の手続を保守的に踏むべきであろう」として委託者と受託者の間で債務引受を行う手続を解説している。 |
↑28 | 橋谷聡一「受託者の善管注意義務・忠実義務の再構成」日本評論社 42頁 |
↑29 | 例えば、新井誠『信託法〔第2版〕』有斐閣144頁。これに対して、善管注意義務は仕事を引き受ける人の地位によって軽重が決められるのではなく仕事の性質からみてどの程度の注意が要求されるかという観点から判定されなければならない、という見解もある(大阪谷公雄「信託業者の注意義務は個人の非営利受託者のそれよりも高度であるか」信託法の研究(下) 信山社出版 444頁)。 |
↑30 | 下村正明「判例評論」判例時報1885号180頁は、控訴審のいう盗難防止措置まで注意義務を高度化させる特殊事情について審理不尽の疑いが残るという。 |
↑31 | 橋谷聡一「受託者の善管注意義務・忠実義務の再構成」日本評論社 217頁 |
↑32 | 裁判所は、善管注意義務は忠実義務をも包含するという(最判昭45.6.24 民集24巻6号625頁)。この取締役が会社を代表して政治献金をした事件で、裁判所は、取締役が負う忠実義務の規定は善管注意義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまり、通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個の高度な義務を規定したものではない、と判断している。 |
↑33 | 遠藤英嗣「新訂 新しい家族信託」日本加除出版 126頁 |