税務上の書類保存義務 1 – 保存義務の背景 –

税務上の保存義務がある書類はどのようなものか? 本稿では帳簿書類のうち「書類」に焦点をあてて検討・整理します。紙面で保存する書類のみ扱うこととし、電子書類は対象外とします。税法以外の会社法その他法律に規定する保存義務も扱いません。はじめに、保存義務の背景をみてみます。

法定書類を保存しないとどうなるか

法人税法と所得税法は、帳簿書類を保存しなければならないと定めています(青色申告法人について法法126(1)、その他法人について法法150条の2(1)、青色申告者について所法148(1)、その他個人について所法232(1))。これに違反した場合、罰則はありません。しかし、帳簿書類保存の不備は青色申告の承認取消事由とされていますから(法法127(1)、所法150(1))、青色申告に付与される種々の特典を受けることができなくなるという意味で、不利益があるといえます。この不利益は青色申告者に対してだけ働き、白色申告者にはありません。しかし、課税庁は白色申告者に対しては推計課税をすることができますから(法法131、所法156)、この推計課税の結果によっては白色申告者に不利益が生ずることがあります。

法人税法と所得税法では、ある費用の請求書や領収書の保存は、その費用を法人の損金または個人事業者の必要経費に算入する要件とはされていません。したがって、請求書や領収書の保存がないからといって、当該費用が損金または必要経費に算入されないわけではありません。損金または必要経費に該当する事実があるかぎり、これに算入されるのが建前です。ところが、消費税法では、請求書等の保存は仕入税額控除の要件として規定されています(消法30(7))。一部の例外(簡易課税制度の適用を受ける場合について消法37(1)柱、少額取引について消令49(1)①)を除き、例えば、仕入に際して消費税を支払った事実があったとしても、請求書等の保存がなければ仕入税額控除を受けることはできません。その理由として、最高裁は、消費税の更正処分取消訴訟で次のように判示しています。

[裁判例] 法三十条七項の規定の反面として、事業者が上記帳簿又は請求書等を保存していない場合には同条一項が適用されないことになるが、このような法的不利益が特に定められたのは、資産の譲渡等が連鎖的に行われる中で、広く、かつ、薄く資産の譲渡等に課税するという消費税により適正な税収を確保するには、上記帳簿又は請求書等という確実な資料を保存させることが必要不可欠であると判断されたためであると考えられる(最判 H16.12.16)。

法定書類を保存しなければならないのは何故か

消費税の仕入税額控除を受ける場合を除き、請求書や領収書は、証拠資料の一つにすぎないものと位置づけられています。先に述べたとおり、請求書や領収書がなくても、損金または必要経費に該当する事実があるかぎり、これに算入されるのが建前です。しかし、課税庁が物品や金銭の授受の事実を否認して更正処分をしたとき、その取消訴訟で納税者が何らかの証拠を提出しなければ、損金または必要経費の認定を受けることは困難でしょう(税務上の立証責任については別稿)。請求書や領収書に不備があっても他の証拠にもとづいて損金または必要経費を認定した事例もありますが(例えば発行者偽名の領収書であっても必要経費と認定した事例として広島地判 S45.09.24 訴月17.2.372)、このような認定を受けるのは必ずしも容易ではありません。

最高裁は、帳簿書類の保存義務の背景について、先にあげた消費税の更正処分取消訴訟で次のように判示しています。消費税と同様に申告納税方式をとる法人税や所得税においても同様とみてよいでしょう。

[裁判例] 申告納税方式の下では、納税義務者のする申告が事実に基づいて適正に行われることが肝要であり、必要に応じて税務署長等がこの点を確認することができなければならない。そこで、事業者は帳簿を備え付けてこれにその行った資産の譲渡等に関する事項を記録した上、当該帳簿を保存することを義務付けられており(法五十八条)、税務職員は、必要があるときは、事業者の帳簿書類を検査して申告が適正に行われたかどうかを調査することができるものとされ(法六十ニ条)、税務職員の検査を拒み、妨げ 、又は忌避した者に対しては罰則が定められていて(法六十八条一号)、税務署長が適正に更正処分等を行うことができるようにされている。… 法が事業者に対して上記のとおり帳簿の備付け、記録及び保存を義務付けているのは、その帳簿が税務職員による検査の対象となり得ることを前提にしていることが明らかである(最判 H16.12.16)。

課税庁の質問検査権とは

課税庁の質問検査権は、「調査について必要があるとき」は「その者の事業に関する帳簿書類その他の物件」を検査することができる、として課税庁に付与されている権限です(通則法74の2(1)柱)。質問検査権の行使いわゆる税務調査は、法人税、所得税、消費税の更正や決定(通則法24、25)という行政処分に先行して実施される課税庁の事実行為です。この質問検査権の検査対象として「帳簿書類」があげられており、このなかに各税法が保存義務を規定する帳簿書類が含まれることは明らかです。実務における検査対象は相当広範なものと扱われており(国税調査関係通達1-5)、有力学説も同様に解しています(金子宏「租税法21版」869頁)。課税庁は、私物や守秘義務が及ぶ物件であっても「調査について必要があるとき」は検査対象になるとの見解を公表しています(国税庁webサイト)。最高裁は、次のとおり、検査対象の選択については課税庁に広範な決定権限を認めながらも「納税者の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるにかぎる」と判示しています。もっとも、有力学説は、課税庁の必要性の認定が違法とされる事例は実際問題としては少ないであろうと述べています(金子宏「租税法 第21版」866頁)。

[裁判例] 所得税法二百三十四条一項の規定[現行 通則法74の2(1)]は、国税庁、国税局または税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、前記職権調査の一方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行なう権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている(最決 S48.07.10 / 括弧内は筆者)。

問7 私物の提示
問8 業務上の秘密に関する物件の提示

法定書類の保存と課税庁に対する提示の関係は

消費税法では、帳簿および請求書等を保存すべき旨を規定していますが、この保存という文言の意義について、最高裁は、先にあげた消費税の更正処分取消訴訟で次のとおり判示しています。この最高裁の判示をふまえて「保存は提示を含む」と表現されることもありますが、最高裁が示したのは、あくまでも税務調査時の保存であって税務職員への提示ではありません。上記表現は、税務職員への提示がなければ税務調査時の保存がないと推認される(東京地判 H11.03.30)ことの結果を表現したもののようです。なお、法人税法における帳簿書類の保存についても、最高裁は、その後に提起された別件である法人税の青色申告取消処分の取消訴訟で、同様の解釈を示しています(最判 H17.03.10)。

[裁判例] 事業者が、消費税法施行令五十条一項の定めるとおり、法三十条七項に規定する帳簿又は請求書等を整理し、これらを所定の期間及び場所において、法六十ニ条に基づく税務職員による検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて保存していなかった場合は、法三十条七項にいう「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に当たり、事業者が災害その他やむを得ない事情により当該保存をすることができなかったことを証明しない限り(同項ただし書)、同条一項の規定は、当該保存がない課税仕入れに係る課税仕入れ等の税額については、適用されないものというべきである(最判 H16.12.16)。