税務上の書類保存義務 2 – 保存の対象・種類 –
本稿では、税務上の保存義務がある「書類」の対象・種類について検討・整理します。
保存対象
法人税法と所得税法では、書類の保存対象について次のように定めています(青色申告法人について法規59(1)③、その他法人について法規67(1)①、青色申告者について所規63(1)③、その他個人については所規102(3)②が規定しますが表現が若干異なります)。
① 取引に関して、相手方から受け取った注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類
② 自己の作成したこれらの書類でその写しのあるものはその写し
上記①は相手方が作成して自己が「受け取った」もの、上記②は自己が作成して「その写しのある」ものです。したがって、例えば、領収書については、相手方が提供をしても自己が受け取らなければ保存義務は生じませんし、領収書の写し(控え)については、自己が写しを作成していなければ保存義務は生じません。「受け取ってない」「写しはない」つまり無い物について保存義務が生じないのは論理上当然ですが、この前提として法人税法や所得税法は、これら書類の受領義務やその写しの作成義務を課していないといえます。
さらに、現行制度の下では、これら書類の積極的な交付義務もみあたりません。契約書については、契約は口頭でも成立するというのが民法の原則です(例えば売買契約について民法555、例外として例えば保証契約について民法446の2など)。領収書については、民法は弁済者の受取証書交付請求権を定めているにすぎませんから(民法468)、受領者には積極的な交付義務はなく弁済者の請求があって初めて生ずる消極的な交付義務があるにとどまります。弁済者の受取証書交付請求権の行使に対して、受領者が交付義務を履行しない場合、弁済者は同時履行の抗弁権を行使して弁済を拒むことができます(大判S16.3.1)。しかし、特約により、あるいは任意で弁済者が先履行していれば、受取証書交付義務違反をもって債務不履行とすることは困難でしょうし(受取証書の交付は債務の本旨ではない)、また受取証書の交付を請求する訴えを提起するのも合理的ではなさそうですから(相手方が判決を履行しなければ損害賠償請求権に転化するにすぎず受取証書の交付を強制することはできない)、弁済者としては対処の仕方がないのが現実です。
上記との関係で、請求書等の保存を仕入税額控除の要件としている消費税法では、請求書等の交付を請求したが交付を受けられなかった場合には、その保存がなくても仕入税額控除を受ける途が用意されています(消法30(7)但、消令49(1)②、消通11-6-3(3))。
書類の存在形式
書類は何らかの情報を作成者が記録して読み手(作成者本人や受領者など)に伝達する媒体です。法人税法と所得税法は「注文書…これらに準ずる書類」と規定しており、これを文理解釈をするかぎり、その存在形式は紙面です。インターネットの発達に伴って、近年は請求書や領収書に係る情報をメールで授受したり、あるいはwebサイトを通して授受する例が多くみられます。ここで授受されるものは電子情報(例えばPDFファイル)ですから、紙面の保存義務を定めた法人税法や所得税法の規定からは外れます。
しかし、これについては、電子帳簿保存法が保存義務を定めています(電帳法10)。その保存方法としては、(a)パソコン等で保存する方法(電帳法10本)、(b)当該情報を印刷した紙面で保存する方法(電帳法10但前)、(c)マイクロフィルムで保存する方法(電帳法10但後)があります。パソコン等で保存する場合には、当該情報にタイムスタンプを付す必要があります(電帳規8(1)①)。なお、この電子情報の保存義務は紙面の保存に代えてする電子帳簿書類の保存義務(電帳法4、5)とは異別で、請求書や領収書のスキャナ保存申請をしていない者であっても、これら電子情報の保存義務は生じます。
書類の種類
保存対象となる書類の種類として、法人税法と所得税法では、注文書、契約書、送り状、領収書、見積書が明示され、さらに「その他これらに準ずる書類」と規定しています。「取引に関して、相手方から受け取った…」(法規59(1)③前、所規63(1)③前)「自己の作成したこれらの…」(各号後段)という文言から、対象となる書類は、取引に関して取引相手との間で授受される書類でしょう。
法人税法と所得税法が具体的に明示しているものは上記のとおりですが、課税庁は保存対象の一つである「現金預金等取引関係書類」(所規63(1)柱)として上記の他に「小切手控」「預金通帳」「借用書」をあげています(国税庁webサイト)。法文では「その他これらに準ずる書類」と規定されており、このことから「注文書…見積書」との類似性を要するとも読めますが、課税庁は、取引に関して取引相手との間で授受される書類であるかぎり、その一切が保存対象となる書類であると解釈しているようです(課税庁が税務調査での検査対象を相当広範に捉えていることについて前稿参照)。
取引相手との間で授受されることのない内部書類については、それが帳簿に該当しないかぎり、保存義務はありません。①内部書類のうち売上伝票について、課税庁は、帳簿の補充目的で作成・保存されたものでない限り対象となる書類に該当しない、としています(国税庁webサイト)。②売上集計表あるいは売上日計表についても同様でしょう。ただ、法人税法では、売上に係る総勘定元帳の記載事項として取引年月日や金額のほか「売上先」も記載すべきものとされ(法規別表20「売上」「記載事項」欄の本文)、現金売上で売上先を記載し難いものについては上記に代えて日々の現金売上総額と「取引回数」を記載すべきとされています(各但書)。よって、これら売上先や取引回数を総勘定元帳に記載していない場合には、その補充として売上伝票や売上集計表あるいは売上日計表を保存する必要があります。なお、所得税法における総勘定元帳の記載事項も、原則的な取扱いは法人税法と同様ですが(昭和42年大蔵省告示112号)、少額な現金売上は日々の合計金額のみを一括記載することができるとされており(同「売上」「備考」欄)、取引回数の記載を要求していない点で法人税法より規制が若干緩くなっています。③経費精算書については、従業員といえども取引相手となりうるので、いささか微妙です。精算対象が立替実費のみで精算時期が従業員の立替時期と離れていなければ、実費に係る領収書の保存があるかぎり、実務的には経費精算書の保存を省略しても差し支えないでしょう。
現金預金取引等関係書類
問6 売上伝票などの保存
インボイス(適格請求書)の交付義務とその写しの保存義務
近い将来、消費税について増税(8% → 10%)と軽減税率の導入が予定されています。これに伴って、仕入税額控除の要件である現行の「請求書等」の保存が「適格請求書」の保存に変わります。増税と軽減税率の導入の時期については、平成29年4月1日からとされていますが、本稿の執筆時点では、これを平成31年10月1日に延期する改正法案が国会で審議中です。改正法案では適格請求書等の保存への移行時期は、平成35年10月1日からとされています。
適格請求書は適格請求書発行事業者として登録を受けた課税事業者だけが発行できるとされ(新消法57の5)、この適格請求書の保存が仕入税額控除の要件とされます(新消法30(7)(9))。これにより、免税事業者や非事業者からの仕入等については、仕入税額控除を受けることができなくなります(ただし経過措置として80%控除 H28改正法附則52(1))。適格請求書発行事業者には、相手方の求めに応じて適格請求書を交付する義務が課されています(新消法57の4(1)本)。この適格請求書の交付義務は、相手方の請求があって初めて生ずる交付義務とされる点で、先にみた民法上の受取証書交付義務(民468)と同様ですが、適格請求書等の交付義務は公法上の義務ですから、例えば特約で排除できるか等の点で受取証書交付義務とは異なる扱いになるかもしれません。また、請求書や領収書の写し(控え)については、法人税法と所得税法では自己が写しを作成していなければ保存義務は生じないこと先にみたとおりですが、適格請求書については、交付した適格請求書の写しを作成して保存する義務が適格請求書発行事業者に課されています(新消法57の4(6)の文言は「写しがあるものは…保存」ではなく単に「保存」です。保存の前提として作成が当然必要となります)。