税務上の立証責任 1 原則 – 立証責任は原則として課税庁にあり –

税務上の立証責任の所在について「納税者に立証責任がある」「収入金額についての立証責任は課税庁にあり、必要経費についての立証責任は納税者にある」といわれることがあります。納税者に立証責任があるというのは、如何なることでしょうか。本稿では、この問題について整理します。

立証責任の意義

およそ権利義務を規定する法律(実体法)は、ある要件(法律要件)を充足する場合にはある効果(法律効果)が生じると定めています。民事訴訟では、法律要件を構成する事実(主要事実)の存否について裁判官が確信を得ることにより裁判が行われるのが本来ですが、裁判官が確信を得られない(真偽不明となる)こともありえます。民事訴訟では、裁判が不能になることを避けるため、主要事実の存否について裁判官が真偽不明に陥った場合には法律効果は生じないものと扱われます。民事訴訟の用語としての「立証責任」とは、この扱いにより一方当事者が受ける不利益をいう、と定義されます。主要事実について立証責任を負う当事者が立証に成功しなければ、その当事者が欲する法律効果が生じないものと扱われますから、当事者のいずが立証責任を負うかは、訴訟の勝敗に影響する重大な問題です。

立証責任の所在について、民事訴訟の裁判実務では、実体法の規定の仕方により立証責任の所在は決まるものであって、自己に有利な法律効果の発生を主張する者がこれを定める法条の規定する事実について証明責任を負う、としつつ、これを実体法の制度趣旨や当事者の公平等といった観点から修正しています(修正法律要件分類説)。例えば、債務不履行責任における債務者の帰責事由については、債務者が契約関係にある当事者であるに鑑みて、民法の規定の仕方(民法415後段)にとらわれず、債務者に立証責任があるとされています。

課税処分の取消訴訟における訴訟物

課税処分の取消訴訟では、課税処分が法律要件(課税要件)を充足しない違法なものであれば、訴えが認められて納税者が勝訴します。そこでは、審判の対象(訴訟物)は課税処分の違法性一般である、とされ、その内容(同一性の捉え方)は課税処分によって確定された税額の適否である、とされています(総額主義)。最高裁の判示は、次のとおりです。

[裁判例] 被上告人のした本件決定処分は、上告人の昭和三十八年における総所得金額に対する課税処分であるから、その審査手続における審査の範囲も、右総所得金額に対する課税の当否を判断するに必要な事項全般に及ぶというべきであり、したがって、本件審査裁決が右総所得金額を構成する所謂給与所得の金額を新たに認定してこれを考慮のうえ審査請求を棄却したことには、所論の違法があるとはいえない。… そして、本件決定処分取消訴訟の訴訟物は、右総所得金額に対する課税の違法性一般であり、所謂給与所得の金額が、総所得金額を構成するものである以上、原判決が本件審査裁決により訂正された本件決定処分の理由をそのまま是認したことには、所論の違法は認められない(最判 S49.04.18 訟月20.11.175)。

[裁判例] 課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における税務署長の所得の源泉の認定等に誤りがあっても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法というべきである(最判 H04.02.18 民集 46.2.77)。

課税処分の取消訴訟における立証責任

このような課税処分の取消訴訟における立証責任の所在については、最高裁は、次のように課税庁にあると判示しています。

[裁判例] 被上告人は上告人の所得について合理的な立証を果すことなく、非合理的な立証を試みたのであるにかかわらず、原判決が、その立証に基づいて事実を認定したのは 違法であり憲法三○条の違反があるというのである。所得の存在及びその金額について決定庁が立証責任を負うことはいうまでもないところである。しかし、原判決の引用する一審判決によれは、上告人は、税務官吏の所得の調査に際し、課税の資料となるべき書類や帳簿を一切皆無であると称して提示しなかったのである。このような場合に、できるだけ合理的な方法で推計するよりほかないことは原判示のとおりである。そして、原判決は、被上告人の推計の当否を判断するため、証拠資料に基いて上告人の収入、所得を推計しており、その判断は合理的であって、少しも違法とすべき点はない(最判 S38.03.03 訟月9.5.668)

上記で最高裁は、「所得の存在及びその金額について決定庁が立証責任を負うことはいうまでもない」と断じていますが、その理由は明らかにしていません。課税庁が立証責任を負う理由については、次の見解が有力であるといわれています。

① [法律要件分類説]
課税処分の取消訴訟が租税債務の不存在確認であるという実質から、課税処分の取消訴訟でも民事訴訟における法律要件分類説が妥当し、課税処分の権利根拠事実は課税庁が、権利障害事実及び権利消滅事実は納税者が立証責任を負う。

② [個別具体説]
当事者の公平、事案の性質、事物に関する立証の難易等によって具体的な事案についていずれの当事者に不利益に判断するかを決定する、あるいは、公益と私益を調整し、正義公平を実現しようとする行政法規の特殊性、行政法規の具体的実現としての行政行為の特質に鑑みて、立証の難易を考え併せ、正義公平の要請に合するよう分配する。

③ [侵害処分・受益権説]
課税処分が侵害処分という性質を有し、かつ、不服申立てによって国民の権利の適正迅速な救済を図るべきであることから、侵害処分をした課税庁がその適法性の評価根拠事実について主張立証責任を負い、納税者側がその適法性の評価障害事実について立証責任を負う。

裁判例には①を基準として②③を考慮するものが多く、学説には③を基準として①②を考慮するものが多い、といわれています。法律要件分類説をとる裁判例として、次があげられます。

[裁判例] 訴訟法的に考察する場合には、消費税に係る更正又は決定の取消しを求める訴訟において、被告は、処分の適法性を基礎づける消費税の発生根拠事実として、原告である事業者が当該課税期間において国内で行った課税資産の譲渡等により対価を得た事実を主張、立証すべきであり(法四条、五条、二十八条)、これに対して、仕入税額控除を主張する原告は、仕入税額控除の積極要件として、当該課税期間中に国内で行った課税仕入れの存在及びこれに対する消費税の発生の各事実を主張、立証すべきこととなり(法三十条一項)、さらに、仕入税額控除の消極要件である法定帳簿を「保存しない場合」に該当することは、被告において主張、立証すべき、これに対して、保存できなかったことにやむを得ない事情が存する事実を原告が主張、立証すべきと考えられるのである(東京地判 H11.03.30 訟月46.2.899)。

課税庁が立証責任を負う理由については諸説ありますが、いずれの見解も、納税者は請求原因として課税処分の存在とそれが違法である旨を主張(違法性の主張は抽象的で足りる)すれば必要十分で、課税庁が抗弁として課税処分の根拠事実を主張立証しなければならない、としています。

先にみたとおり、裁判実務では、課税処分によって確定された税額の適否が審理の対象である、とされていますが、この税額は、課税標準に税率を乗じて計算され(法人について法人税法66(1)、個人 について所得税法89)、法人の課税標準である所得金額(法人税法21)は益金から損金を控除して(法人税法22)、個人の課税標準である総所得金額(所得税法22(1))は収入金額から必要経費を控除して(所得税法24〜35)、それぞれ計算されます。立証の対象となる事実(主要事実=要件事実)は、益金と損金、あるいは収入金額と必要経費を基礎づける具体的事実である、とするのが裁判実務です(具体的事実説)。

[裁判例] 青色申告納税者である控訴人が確定申告において事業所得の算出計算における必要経費として計上した備品消耗品費が必要経費でないことのないことについての主張立証責任は課税庁である被控訴人が負担するが、その場合に主張立証すべき事項は、備品消耗品費の購入の不存在あるいはその購入の業務性非該当事実であると解される(広島高判 H05.06.30 税資195.738)。

民事訴訟では、主要事実について自白が成立すれば相手方の同意がない限り撤回することはできない、とされるところ、上記の判決は、個々の具体的事実について自白の成否あるいは撤回の当否を判断していますから、必要経費を基礎づける具体的事実をもって主要事実と捉えていることがうかがえます。

益金や収入金額については、課税庁の認定した金額を基礎づける具体的事実が存在することの立証責任が、課税庁にあることに異論はみられません。他方、損金や必要経費についても、これが確定しなければ所得ひいては税額は確定しないこと、課税処分を行った課税庁は何らかの資料により損金や必要経費を把握しているはずでこれを明らかにするのは困難とはいえないこと、等の理由により、課税庁の認定した金額を超える金額を基礎づける具体的事実が存在しないことの立証責任が、課税庁にあるとされています。

[裁判例] 一般に、必要経費の点も含め、課税所得の存在については課税庁に立証責任があると解すべきであるから、被告はその主張を維持するためには、原告の主張する庭園の木石の取得に要した費用八◯万円の不存在を立証しなければならないところ、原告は、右前田から庭園の木石を八◯万円で買受け、その値打ちのあるものは殆ど全部紀宝町に 譲渡したというのであり、紀宝町へ譲渡しなかった木石の価額がいくらであったかを認定できるだけの証拠はないから、前記立証責任の法則上、原告の主張する庭園の木石の取得費用八◯万円は譲渡所得の算定に当り、譲渡資産の取得費用のうちに算入しなければならない(大阪地判 S48.09.06 税資71.98)。

課税庁が課税処分の根拠とした具体的事実について立証責任を負うのであれば、納税者は請求原因を主張した後は寝て待てばよいことになります。もちろん、課税庁の立証活動に対して納税者が何ら防御をしなければ、課税庁の立証活動が成功する危険は高まりますが、この危険は「立証の必要」(主観的立証責任)であって、立証責任(客観的立証責任)とは区別すべきものです。では、納税者は請求原因を主張した後は寝て待てばよいのでしょうか。 次稿では、納税者が寝て待つことができない例外を探ります。

参考文献
金子宏「租税法 第21版」弘文堂
谷口勢津夫「税法基本講義 第5版」弘文堂
木山泰嗣「税務訴訟の法律実務 第2版」弘文堂
泉徳治ほか「租税訴訟の審理について」法曹会
伊藤滋夫「租税訴訟における要件事実論の展開」青林書院
今村隆「課税訴訟における要件事実論 改訂版」日本租税研究協会
今村隆ほか「課税訴訟の理論と実務」税務経理協会
中尾巧「税務訴訟入門 第5版」商事法務