税務上の立証責任 2 例外 – 納税者が立証活動を要する場合 –

裁判実務では、課税庁が課税処分の根拠事実について立証責任を負うのが原則、とされていることを前稿でみました。本稿では、その例外、納税者が立証責任を負う、あるいは一定の立証活動を要する場合を探ります。

納税者が障害要件(例外規定・特別規定)を主張する場合

譲渡所得には、保証債務を履行するために資産を譲渡した場合に所得がなかったものとみなす特例(所得税法64条(2))があります。この特例の適用を課税庁が否認した課税処分の取消訴訟における要件事実の構造について、法律実務家の共通言語ともいわれている要件事実論では、次のように整理するようです(今村隆「課税訴訟における要件事実論 改訂版」日本租税研究協会 49頁 / 伊藤滋夫「税務訴訟と要件事実の考え方」46頁 税大ジャーナル2013.1)。そして、再抗弁については納税者が立証責任を負う、とされています。

請求原因 … 処分は違法
課税庁の抗弁 … 譲渡所得の基因となる売買がある
納税者の再抗弁 … 売買は保証債務を履行するための譲渡で求償できなかった

このような特例が納税者に立証責任のある再抗弁と位置づけられるのは、法律要件分類説によれば、当該特例が譲渡所得の発生要件に対する障害要件となる、からであるといわれています(今村隆「課税訴訟における要件事実論 改訂版」日本租税研究協会 50頁)。このような障害要件(あるいは例外規定)を主張する場合には納税者が立証責任を負うことを示した裁判例として、次があげられます。

資産評価損

[裁判例] 原告は、評価損損金算入要件の各事実につき、回復の見込みがあることが評価損の損金算入を認めない障害要件となるので、評価損の損金算入を否定する被告が回復する見込みがあることについて主張立証責任があると主張する。しかし、資産の評価損の損金算入は例外的に認められるものであるから、所得金額の計算上資産の評価損を損金に算入しようとする者が、その評価損を損金に算入し得る特定事実の存在につき主張立証責任を負うというべきであるところ、評価損損金算入要件の各事実そのものが固定的又は、回復する見込みのない状態にある資産価値の異常な減少又は資産価値の異常な悪化を指すと解すべきことは右(2)で述べ たとおりであるから、評価損の損金経理を行う原告が、特定事実である評価損損金算入要件の(a)及び(b)の各事実の存在につき主張立証責任を負うという ことは、必然的に、右各事実につき回復の見込みがない状態にあることについても主張立証責任を負うことになると解するのが相当である(東京地判 H元.09.25 訟月36.2.285)。

事業用資産の買換え

[裁判例] 措置法三十八条の六は所得税法三十三条に対する特別規定として課税の繰延べを許容するものであることにかんがみると、譲渡所得につき措置法三十八条の六の規定による計算特例の適用を受けようとする者は、同条の定める要件に該当する事実につき主張立証責任を負うと解すべきであり、被告が本訴においてその要件事実の一(本件土地が事業用資産であること)を争い、結局その事実が認められなかった以上、同条が適用されないことは当然であるといわなければならない(大阪地判 S50.02.05 訟月21.04.889 控訴棄却 確定)

住宅借入金特別控除

[裁判例] 一般に、国民の自由を制限し義務を課する性質を有する処分、すなわち不利益処分とか侵害処分といわれるものの適法要件については、行政庁側にその主張立証責任が存するというべきであるから、かかる処分の典型例である課税処分の根拠となる事実、すなわち、所得の存在及びその金額などの課税要件事実についても、原則として課税庁が主張立証責任を負うと解すべきである。 … もっとも、課税要件の中には、租税法が一般原則に対して特に恩恵、政策的に租税を減免するための要件として定めているものがあるところ、これらは課税権の発生障害要件ないし消滅要件としての性格を有すると考えられる上、証拠収集の容易性や当該課税要件を定める規定の立法趣旨等を考慮すると、納税者に立証責任を負担させ、又は課税庁が外形的事実を主張立証した場合には納税者にそれを覆すことについての事実上の負担を求めるのが相当と考えられる。 しかるところ、措置法三十五条の定める居住用財産の譲渡所得の特別控除は、上記のとおり、個人が自ら居住の用に供している家屋及びその敷地等を譲渡するような場合には、これに代わる居住用財産を取得するのが通常であるなど、一般の資産の譲渡に比して特殊な事情があり、担税力も高くない事例が多いことを考慮して設けられた特例措置であること、居住用財産であるか否かは、通常、納税者において最も容易に立証できる事項であること、この適用を受けるためには、確定申告において、居住用財産であることを示す事情の記載等を要求する(措置法三十五条二項)など、立法趣旨としては、納税者に その要件充足の事実を明らかにする負担を課そうとしていると考えられることなどを総合すると、上記特別控除を受ける要件としての居住用財産該当性の事実は、納税者の主張立証責任に属すると解するのが相当である(横浜地判 H03.04.24 行集42.4.595 確定)。

納税者が積極的に経費を主張立証しない場合

裁判実務では、損金や必要経費を納税者が積極的に主張立証しないときは、その不存在について事実上の推定が働く、とする見解が有力に主張されています。この見解は、一般に損金や必要経費は納税者にとって有利な事柄であり、これらは納税者の支配領域内の出来事であるから、これらを認識し、また証拠資料を整えておくことは困難ではなく、その主張立証は納税者の方が課税庁に比べて容易である、にもかかわらず、その主張立証を納税者が積極的に行わないとすれば、納税者の主張に根拠がないとみるのが経験則である、といいます(今村隆「課税訴訟における要件事実論の意義」9頁 税大ジャーナル2006.11)。 そして、課税庁が具体的証拠にもとづいて損金や必要経費が一定額を超えないとの主張立証をしたときは、その一定額を超えないことに事実上の推定が働き、納税者の方で損金や必要経費の具体的内容を明らかにしてある程度の立証をしなければ上記推定を覆すことはできない、とします(泉徳治ほか「租税訴訟の審理について」151頁 法曹会)。

貸倒損失 その1

[裁判例] ある年度に貸倒損失が生じた場合は、その年度の所得額の算定に当ってその損失を控除すべきものであるから、所得の発生要件事実を構成する貸倒損失の有無につき争いがある場合には、所得の一定額の存在を主張する課税庁側で、当該年度に貸倒損失がないことを立証すべき必要及び責任がある。しかしながら、貸倒損失は、通常の経費と異なり、異例の事実である。合理的経済人たる取引当事者は、取引に際し、自己の債権の回収見込みに対して十分の注意を払い、かつ合理的な判断を下しているのが通常で、これにより大多数の取引は円滑に進展し処理されているのである。したがって、ある取引がなされた場合、それによって生じた債権は、その債務者たる企業者において外形上企業活動を継続している限り、つまり破産等の前示特別の事実の認められない限り、回収可能であることが事実上推定されるものと解すべきである。税務訴訟の過程においては、このような特別の事情は、納税者の側で、反証をもって覆すべき必要があると解するのが相当である(大阪地判 S40.07.03 行集16.8.1328)。

貸倒損失 その2

[裁判例] 貸倒損失は、所得金額の算定にあたって控除すべきものであり、所得の発生要件事実を構成すると考えられるので、貸倒損失の有無が争われる場合には、所得の一定額の存在を主張する課税庁側において当該貸倒損失の不存在を立証すべき責任がある。しかしながら、貸倒損失は、通常の事業活動によって、必然的に発生する必要経費と異なり、事業者が取引の相手方の資産状況について十分に注意を払う等合理的な経済活動を遂行している限り、必然的に発生するものではなく、取引の相手方の破産等の特別の事情がない限り生ずることのない、いわば特別の経費というべき性質のものである以上、貸倒損失の不存在という消極的事実の立証には相当の困難を伴うものである反面、被課税者においては、貸倒損失の内容を熟知し、これに関する証拠も被課税者が保持しているのが一般であるから、被課税者において貸倒損失となる債権の発生原因、内容、帰属及び回収不能の事実等について具体的に特定して主張し、貸倒損失の不存在をある程度合理的に推認さ せるに足りる立証を行わない限り、事実上 その不存在が推定されるものと解するのが相当である(仙台地判 H06.08.29 訟月41.12.3093 控訴棄却 仙台高判 H08.04.12 上告棄却 最判 H08.11.22)。

取得費に算入される借入金利子

[裁判例] 必要経費の点を含め、課税所得の存在については、課税庁たる被控訴人に立証責任があることは、さきに述べたとおりであるが、必要経費の存在を主張、立証することが納税者にとって有利かつ容易であることに鑑み、 通常の経費についてはともかくとして、控訴人らの主張する利息のような特別の経費については、その不存在について事実上の推定が働くものというべきであり、その存在を主張する納税者は、右推定を破る程度の立証を要するものと解するのが公平である(大阪高判 S46.12.21 税資63.1233)。

簿外経費

[裁判例] 青色申告の承認を受けた納税者は、大蔵省令の定める帳簿書類を備え付け、これに個々の取引を記帳して、その帳簿書類を保存することが義務づけられ、税務署長 は、必要があるときは帳簿書類について必要な指示をすることができ、右義務の違反に対しては青色申告承認の取消の制裁がある一方、青色申告にかかる更正処分には推計課税は許されず、また、理由を付記しなければならないとされている。右諸法令は、青色申告の承認を受けた納税者の記帳した帳簿書類が適正正確であることを担保するとともに、これが適正正確であることを前提として納税者に種々の特典を与えたものであると解される。右の点からすれば、青色申告の承認を受けた納税者の備え付ける帳簿書類の記載内容は適正正確なものであり、これに記載のない必要経費は存在しないとの事実上の推定を受け、右経費の存在を主張する者において右推定を覆すに足りるだけの立証をすべき必要があるというべきである(津地判 H03.09.26 税資186.598 確定)。

課税処分後に納税者が主張する経費

[裁判例] 具体的な支出が必要経費に該当するか否かが争われている場合には、所得の所在について被告に主張、立証責任がある以上、原則として、被告において、収入のみならず経費についても、被告の主張額以上に経費が存在しないことを立証すべき責任があると解すべきではあるが、更正時には存在しない、あるいは提出されなかった資料等に基づき、原告が当該支出が必要経費に該当すると主張するときは、当該証拠等の距離からみても、原告において経費該当性を合理的に推認させる に足りる程度の具体的な立証を行わない限り、当該支出が経費に該当しないとの事実上の推定が働くものというべきである。右のように、原告において積極的な反証を要するとすることは、顧客が、証券金融機関から株式取得資金の融資を受ける場合であっても、当該顧客名義で資金を借り入れ、当該顧客が利息を負担するのが通常の形態であると考えられるのみならず、前記規則によれば、外務員が有価証券の売買その他の取引等について、顧客に対し特別の利益供与行為をしたり、顧客と金融、有価証券等の貸借を行うことが禁止されていることに照らせば、原告の右借入れ及び本件支払利息の支払が、直ちに事業に関連するもの、すなわち、受取手数料収入を得るためのものと判断すべき経験則は存在しないと考えられることから も明らかである(東京地判 H06.06.24 税資201.542 控訴棄却 上告棄却)。

法律上の推定であれば、課税庁の主張する金額を超える損金や必要経費であったとの確信を納税者が裁判官に抱かせなければ納税者が敗訴しますが、事実上の推定ですから、課税庁の主張する金額を超える損金や必要経費があったかもしれないとの疑いを裁判官に抱かせれば足ります。とはいえ、課税庁が認定した金額を超える損金や必要経費を納税者が主張する場合には、納税者は請求原因を主張した後は寝て待てばよい、というわけにはいかないようです。

課税庁に立証責任を負わせることが当事者の衡平を欠く場合

事実上の推定という理論を直接使用することなく、証拠との距離ないし当事者の衡平という観点から、納税者が主張するの事実は存在しないものとして取り扱う、とする裁判例もみられます。

必要経費一般

[裁判例] 課税標準(所得金額)の算定に関する立証責任について、必要経費の控除は、雑損・医療費・社会保険料・生命保険料・扶養料等の法定の控除事由に類似した特別の主張であるから、その存在及び額についての立証責任は、納税義務者たる原告にあるとする説があり、本件における被控訴人の主張もこれに副うものと解され る。しかし、課税処分の適法性を主張する行政庁は、ほんらい、課税標準の算定の正当性ないし一定の所得の存在につき立証責任を負担するのが当然であり、収入金額から必要経費を控除したものが課税標準たる所得金額であるから、必要経費が性質上、消極額に属するからといって、ただちに立証責任が控訴人側にあると論断するのは相当ではない。したがって、必要経費の存在および額についても、その立証責任は原則として被控訴人たる行政庁側にあるものと解すべきであるが、その性質上、支出者たる控訴人の指摘によらなければ、実体の把握が不可能な場合が少なくないと考えられる。控訴人が、行政庁の調査・認定した額をこえる多額を主張しながら、具体的にその内容を明らかにしない場合に、係争部分についての不存在の立証責任を行政庁に負担させることは、もとより妥当を欠く。 そこで、当裁判所は、以上の諸点を考慮し必要経費について、控訴人が行政庁の認定額をこえる多額を主張しながら、具体的にその内容を指摘せず、したがっ て、行政庁としてその存否・数額について の検証の手段を有しないときは、経験則に徴し相当と認められる範囲でこれを補充しえないかぎり、これを架空のもの(不存在)として取り扱うべきものと考える(広島高判 S42.04.26 行集18.4.614)。

譲渡費用

[裁判例] 譲渡所得に係る譲渡費用の存在及び額についての立証責任は被告(課税庁)にあるものと解されるが、その支出に係る具体的な事情は一般に原告(納税者)が知悉している事柄であって、被告としては原告の指摘なしにこれを把握することが不可能ないし困難であることが多いから、原告が被告の主張額を超えて譲渡費用の 支出を主張するのであれば、原告としてはその主張額が譲渡費用に当たるとする右の具体的な事情を指摘することを要するというべきであり、かかる指摘がなく、あるいはそれが不十分であるときは、原告にこれを指摘させるまでもない場合又は原告にこれを指摘させることが酷であるような特段の事情 があれば格別、そうでない限り、原告主張額はこれを存在しないものとして扱うほかはないというべきである(東京地判 H04.03.10 訟月39.1.139)。

簿外経費

[裁判例] 事業所得の算出上、必要経費の存在及び額についての立証責任は原則として課税庁側にあるものと解すべきである が、実額課税である青色申告において、課税庁が認定しなかった簿外経費を納税者が訴訟において初めて主張する場合は、衡平の原則上 具体的にその内容を主張立証することが必要であり、これがなされないかぎり客観的にみてその存否、数額について何らの確認の仕様がないときは、納税者の側で経験則に徴し相当と認められる範囲でこれを補充しえない以上、これを存在しないものとして取扱われても止むを得ないものというべきである(東京地判 S52.07.27 訟月23.9.1644 東京高判 S53.04.11 棄却 最判 S56.04.24 上告棄却)。